アスペルガーの俺にとって結婚は幸せへの道なのだろうか?

 俺にとって家族はとても大切。どんなに橋本環奈ちゃんが可愛いと言っても、肝臓はあげられない。でも、妻になら、子供になら、肝臓でも腎臓でも心臓でもなんでもあげられる。俺にとって家族はそれぐらい大切。俺の今の人生の目標は家族の幸せを増やすこと、俺を理解してくれて支援してくれている20年の付き合いになる会社にでかい恩返しをすること。その方法で最も有力だと考えているのが人工知能だ。

 でも家族と言っても所詮は他人。妻は俺を理解できなくて悩んでいるようだが、俺も妻を理解できなくて悩んでいる。しかも、障害者に分類されるアスペルガーの俺が言うことはすべて間違っているんじゃないか、健常者様の言うことがすべて正しいのではないか、と常に俺は意見を引っ込める。悶々としながら心が少しずつ死んでいく毎日だ。俺にとって唯一の拠り所はコンピューターしか無い。コンピューターが好きとかプログラミングが好きとかいうことではなくて、俺にはそこしか居場所がないのだ。いわゆる一般的な生活で何かしようとしても俺は常に間違っているんじゃないかとビクビクしている。本当につらい。俺は刑務所みたいな隔離された場所でずっと人工知能の研究をしていたい。それがまったく苦ではない。健常者のふりをして日常生活をおくろうとするからつらいのだ。そういうのは健常者様に任せておけばいい。アスペルガーにはアスペルガーの活躍できる場所。アスペルガーにはアスペルガーとして生まれた意味があるはずだ。

 人間の幸せとはなんだろうか? 人間も動物だから、食べて、寝て、セックスするという基本的な欲求が満たされるのが幸せなはずだ。自分の遺伝子が受け継がれていくことにも安心を覚えるだろう。あとマズローのアレとか? でも、アスペルガーにとっては払わなくてはいけない代償が大きすぎるのではないだろうか? セックスしたり愛されているという実感を得るだけなら、お金を払ってプロに擬似的な体験をさせてもらうのでもいいんじゃないだろうか。結婚したからって好きなときにセックスできるわけでもなし、お互いのすれ違いでギスギスして俺は本当に愛されているんだろうかとか悩むことも多い。それに俺の子供は、俺のせいで不幸にしてしまうんじゃないだろうかとか、とにかく心配で辛いのだ。結婚しなければ責任は生じない。得意なコンピューターだけやって、時々でてくる人とつながりたいとかいう感情はお金で処理する。これでいいんじゃないだろうか。だって生まれたときから障害者なんだもん。足がない人間に走れって言っても難しいよ?

 人間誰しも悩みはある。健常者様でも悩みはある。そんな悲しい人間の心を満たしてくれるのはAIによるシンギュラリティだと思うのだ。シンギュラリティ後に予想できないほど進歩するAIは神そのものだ。俺はその神に救いを求めているのかもしれない。