今CommonLispを選択する意味はあるのか?

No paren, no life.

 選択の科学をちら見したら、想起のしやすさが選択の重要なファクターらしいっぽい。

選択の科学 https://www.amazon.co.jp/%E9%81%B8%E6%8A%9E%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6-%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%89%B9%E5%88%A5%E8%AC%9B%E7%BE%A9-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%8A-%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC/dp/4167901552/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1496827062&sr=8-1&keywords=%E9%81%B8%E6%8A%9E%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6

 アスペルガーは人を信じて騙されて洗脳されやすい。かと思えば、自分の信念を貫き通したりする。俺は子供の頃にICOTに萌えてPrologを勉強し、Lispの処理系を作って仕事に使ったりもした。だから世間がディープラーニング一色な中でもほとんど投げ売りのエキスパートシステム関係の本とかを買いまくって読んでいる。するとさらにProlog,Lispが想起されやすくなる。そうすると、なんか、「Common Lispでやったら良くね?」とどんどん思うようになる。

 しかし、薬物治療中の俺、そんなすぐには飛びつかないぜ? はたして、今、Common Lispをやる意味があるのか考えている。そりゃCとかC++とかが主流だった頃はCommon Lispの自由さはものすごいアドバンテージだったと思う。でも、Pythonとかでも複雑なデータは辞書とかで扱えるじゃん? はたしてわざわざCommon Lispを使う意味があるのか、ものすごく悩んでいる。githubで検索すると、Common Lispは45000件ぐらい。Pythonは4800000件ぐらい。100倍以上違う!! やっぱ、Pythonでやったほうが絶対楽だよ。この楽さを捨ててでもCommon Lispを選択する、という決断がどうしてもできないのだ。

 俺は関数型言語で結構書いた。F#,Erlangでは相当書いたので、Common Lispでの作法もわかる。でも、変数を定義するのにわざわざLETしなくちゃいけないとか、これ、作る前から設計が頭の中でできていないと難しい。俺にとっては頭をすごく使ってがんばってCommon Lispを書く感じ。Pythonは適当にキーボードを打っていると形になる。たぶん、俺の脳みその中はCommon Lispでは動いていないのだ。Pythonみたいなオーソドックスな手続き型言語みたいな感じなんだと思う。もし、今、わざわざCommon Lispを選択する人は、脳みその中がCommon Lispで動いている人なんだと思う。残念ながら俺はそうじゃない。これが悩み抜いた末にたどり着いた俺の結論なんだけど、それでもなおCommon Lispを使ったほうが利点があるよ! というのがあったらぜひ知りたい。

アスペルガーの俺にとって結婚は幸せへの道なのだろうか?

 俺にとって家族はとても大切。どんなに橋本環奈ちゃんが可愛いと言っても、肝臓はあげられない。でも、妻になら、子供になら、肝臓でも腎臓でも心臓でもなんでもあげられる。俺にとって家族はそれぐらい大切。俺の今の人生の目標は家族の幸せを増やすこと、俺を理解してくれて支援してくれている20年の付き合いになる会社にでかい恩返しをすること。その方法で最も有力だと考えているのが人工知能だ。

 でも家族と言っても所詮は他人。妻は俺を理解できなくて悩んでいるようだが、俺も妻を理解できなくて悩んでいる。しかも、障害者に分類されるアスペルガーの俺が言うことはすべて間違っているんじゃないか、健常者様の言うことがすべて正しいのではないか、と常に俺は意見を引っ込める。悶々としながら心が少しずつ死んでいく毎日だ。俺にとって唯一の拠り所はコンピューターしか無い。コンピューターが好きとかプログラミングが好きとかいうことではなくて、俺にはそこしか居場所がないのだ。いわゆる一般的な生活で何かしようとしても俺は常に間違っているんじゃないかとビクビクしている。本当につらい。俺は刑務所みたいな隔離された場所でずっと人工知能の研究をしていたい。それがまったく苦ではない。健常者のふりをして日常生活をおくろうとするからつらいのだ。そういうのは健常者様に任せておけばいい。アスペルガーにはアスペルガーの活躍できる場所。アスペルガーにはアスペルガーとして生まれた意味があるはずだ。

 人間の幸せとはなんだろうか? 人間も動物だから、食べて、寝て、セックスするという基本的な欲求が満たされるのが幸せなはずだ。自分の遺伝子が受け継がれていくことにも安心を覚えるだろう。あとマズローのアレとか? でも、アスペルガーにとっては払わなくてはいけない代償が大きすぎるのではないだろうか? セックスしたり愛されているという実感を得るだけなら、お金を払ってプロに擬似的な体験をさせてもらうのでもいいんじゃないだろうか。結婚したからって好きなときにセックスできるわけでもなし、お互いのすれ違いでギスギスして俺は本当に愛されているんだろうかとか悩むことも多い。それに俺の子供は、俺のせいで不幸にしてしまうんじゃないだろうかとか、とにかく心配で辛いのだ。結婚しなければ責任は生じない。得意なコンピューターだけやって、時々でてくる人とつながりたいとかいう感情はお金で処理する。これでいいんじゃないだろうか。だって生まれたときから障害者なんだもん。足がない人間に走れって言っても難しいよ?

 人間誰しも悩みはある。健常者様でも悩みはある。そんな悲しい人間の心を満たしてくれるのはAIによるシンギュラリティだと思うのだ。シンギュラリティ後に予想できないほど進歩するAIは神そのものだ。俺はその神に救いを求めているのかもしれない。

Windows,Ubuntu両環境のSpacemacs + SLIMEでCommon Lispを編集できるようにする

2017/06/05時点、Windows,Ubuntuとも、ドキュメントの通りではSLIMEが動作しなかったので覚書。

Windows NTEmacs64の場合

spacemacsをインストー

設定を変える

  • C:\Users\USERNAME\AppData\Roaming.spacemacsの
    • dotspacemacs-configuration-layers  に common-lisp を追加する
    • dotspacemacs-install-packages ‘used-but-keep-unused にする*1
    • (defun dotspacemacs/user-config ()  に (setq inferior-lisp-program “sbcl.exe”)  を追加する*2

   dotspacemacs-configuration-layers
   '(
     ;; ----------------------------------------------------------------
     ;; Example of useful layers you may want to use right away.
     ;; Uncomment some layer names and press <SPC f e R> (Vim style) or
     ;; <M-m f e R> (Emacs style) to install them.
     ;; ----------------------------------------------------------------
     helm
     ;; auto-completion
     ;; better-defaults
     emacs-lisp
     ;; git
     ;; markdown
     ;; org
     ;; (shell :variables
     ;;        shell-default-height 30
     ;;        shell-default-position 'bottom)
     ;; spell-checking
     ;; syntax-checking
     ;; version-control
     common-lisp
     )
   ;; List of additional packages that will be installed without being
   ;; wrapped in a layer. If you need some configuration for these
   ;; packages, then consider creating a layer. You can also put the
   ;; configuration in `dotspacemacs/user-config'.
   dotspacemacs-additional-packages '()
   ;; A list of packages that cannot be updated.
   dotspacemacs-frozen-packages '()
   ;; A list of packages that will not be installed and loaded.
   dotspacemacs-excluded-packages '()
   ;; Defines the behaviour of Spacemacs when installing packages.
   ;; Possible values are `used-only', `used-but-keep-unused' and `all'.
   ;; `used-only' installs only explicitly used packages and uninstall any
   ;; unused packages as well as their unused dependencies.
   ;; `used-but-keep-unused' installs only the used packages but won't uninstall
   ;; them if they become unused. `all' installs *all* packages supported by
   ;; Spacemacs and never uninstall them. (default is `used-only')
   dotspacemacs-install-packages 'used-but-keep-unused))


(defun dotspacemacs/user-config ()
  "Configuration function for user code.
This function is called at the very end of Spacemacs initialization after
layers configuration.
This is the place where most of your configurations should be done. Unless it is
explicitly specified that a variable should be set before a package is loaded,
you should place your code here."
(setq inferior-lisp-program "sbcl.exe")
  )

sbclをインストー

できあがり。

SPC SPC slime で起動する。

Ubuntu14.04の場合

  • aptでインストールできるsbclは古いので、(http://www.sbcl.org/getting.html)に従ってインストールする。*3
  • spacemacsのインストール方法は git clone https://github.com/syl20bnr/spacemacs ~/.emacs.d そのままで良い
  • ~/.spacemacsをWindowsと同様に編集。ただし、(setq inferior-lisp-program "sbcl.exe") -> (setq inferior-lisp-program "sbcl") にする

*1:これをやらないと、起動時にslimeがorphan扱いで削除されてしまう

*2:SBCLをインストールすると自動的にシステムパスにSBCLのパスが追加されているはず。

*3:SBCLのバージョンが古いと、SLIME起動時にエラーになるよ

カッサンドラはつらいか・・ アスペルガーだってつらい・・

 アスペルガーの離婚率は80%だそうだ。そらそうだろうな、と思う。
 アスペルガーの夫のせいでカッサンドラ症候群となってしまう妻。
 カッサンドラの妻は被害者で、アスペルガーの俺は加害者だ。
 国とか人種であーだこーだいうと必ず差別だなんだと出てくるのに、アスペルガーだカッサンドラだとなると全くそういうのは出てこない。なぜなんだー*1
 ま、実際迷惑かけて傷つけてるんでしょう。でも、俺だってまた変なこと言ってないか、傷つけてないか、ビクビクしているんだ。このまま一生妻の顔色をうかがって自分を殺していかなくてはいけないのかと思うと息が詰まる。こんな生活で誰か幸せなるのかな? アスペルガーアスペルガー同士、健常者は健常者同士、別々に生きていれば幸せだったんじゃないかな。国、人種、障害、個性、そんな塊ごとに隔離されてたら問題は起きにくいんじゃないかな。わざわざ違うものが同じところで生活しようとするのに問題があるんじゃないの? でもま、これは一人で生きることにまったく寂しさを感じないアスペルガーだからそう思うだけなのかな。
 とにかく、今の俺が逃げ込める場所はコンピューターしか無い。何の不確実性もない思い通りに動くコンピューターが俺の唯一の拠り所だ*2

*1:アスペルガーでも妻がカッサンドラにならない反証を上げれば良いとか?

*2:だからディープラーニングのように中で何をやっているかわからない的なものがなかなか好きになれないのかな。<- 今でもTensorflowとかでちょこちょこやってるけど・・

発達障害の感覚過敏と片付けられない部屋とホメオスタシス

 ホメオスタシスは恒常性というらしい。俺は人を洗脳する方法の中でホメオスタシスについて知ったので本当のところの意味は知らない。俺のテキトーホメオスタシスの概念を使って発達障害の感覚過敏とホメオスタシスについて考えてみる。

 俺は泳げない。プールの床のびちゃびちゃも、海の砂浜の足の感触も気持ち悪い。うげーって感じ。しかし、これはADHDの治療であるストラテラコンサータで改善することがわかった。ニューラルネットワークSN比が上がると感覚過敏が改善する!?

 自閉症スペクトラム発達障害の頭の中はノイズでいっぱいのはずである。ニューラルネットワークが過剰につながっているから常に莫大な刺激にさらされているわけである。しかし、毎日毎日同じ生活をしていたら、そういう同じ生活から得られる刺激により、そのあたりのニューラルネットワークは少しずつ最適化されて生きやすくなっているのではないだろうか? 俺は旅行に行くのが大嫌いで毎日暗い部屋にこもってパソコンに触っているのが大好きだが、余計な新しい刺激にさらされず、いつも同じことをするのが自閉症スペクトラムである俺にとっての最適解であるのは当然なのかもしれない。これ、ホメオスタシスの一種じゃないですか~!?

 俺は妻に部屋をきれいにしろ片付けろといつも言われている。俺的にはモップをかけたり、ふわふわでほこりをとったり掃除機をかけたり、俺なりにきれいにしているつもりなのである。しかし、妻はそういうほこりとかはどうでもいいらしい。幾何学的な美しい見た目とでもいうのだろうか? 物はあるべきところにあるとか、エントロピーが小さいような見た目の部屋を望んでいるらしい。しかし俺は飲まなくちゃいけない薬やサプリメントが大量にあり、すぐに取れるところにないと困る。妻が片付けで自分の持ち物を俺の薬箱に入れたりすると、もー、その異物をどうしたらいいのかで大変困ってしまう。片付けで薬の場所を変えられようもんなら、マジパニック的な困り具合である。また、片付けの際に普段の作業スペースになにか勝手に物を置かれると、今まで快適だった作業スペースはまるで汚染されてしまったかのようになり、ものすごく頑張って自分なりに整理するまで使用不可能になってしまうのである。

 コンピューター関係のお勉強って読みたい本がたくさんあるじゃないですか。読みたいときに手元に欲しいじゃないですか。使いたいときにすぐに取れないと俺にとってはものすごくストレスなんである。そういう「手元に欲しい」が積み重なって、どんどんどんどん妻的には散らかってしまうのではないだろうか <- 仮説。妻にとっては散らかっているように見えても少しずつ物が増えていくため、俺にとっては変化が少なくてホメオスタシスは維持されているのである。これを片付けるというのは、莫大な変化が起きることであり、ホメオスタシスの危機なのである。だから片付けがものすごいストレスなのではないだろうか? <- 仮説

 ほこりなどの細部にこだわるのは自閉症スペクトラムの特徴で、使いたいときにすぐ使いたいのはADHDによる衝動性なのだろうか。片付けによる急激な変化を嫌うのは、ホメオスタシスを維持しようとするノイズだらけのニューラルネットワークの抵抗だろうか。プールの床のびちゃびちゃが嫌なのも普段の生活からはありえない異常な刺激にホメオスタシスを維持しようとする脳が抵抗しているとか? と無理やり結論付けてみるのである。

 

交流キャンプ

 小学校の頃、良い子ちゃんとして振る舞っていた俺は学校の代表達の一人として同年代の障害者の子供たちとふれ合うと言う主旨で交流キャンプと言うのに参加させられた。しかも俺の担当は一番障害の程度がひどい自閉症の子だと言う。自閉症なんて聞いたこともなかったが、ストレスがたまると壁に頭をぶつけるのだとか。もうめちゃくちゃ行きたくなかったが俺はいいこちゃんなので文句も言わずに参加である。
 実際会ってみると別になんのことはない、ストレスに弱い知能が低い子だぐらいの印象しかなかった。実際、先生もビックリ、なぜか俺は大変なつかれたのである。今になって考えれば、程度が違うだけで同じ自閉症なのだから、俺が快適になりたいと思う行動は、たぶん彼にも快適だったに違いない。
 子供たちが集まるわけだから当然うるさくなる。彼は壁に頭をぶつけ始めた。俺も耳を塞ぎたかった。いらいらしてわめき散らしたいが、俺はいいこちゃんなのでそんなことしない。自閉症はこんなストレスに対する耐性や反応の違い、知能が低くて我慢できないんだろう、と当時の俺はそう理解した。

 それから1年後、整理が全くできなくて常にごちゃごちゃの片付けられない女である母が管理する手紙の束から半年も前に来た俺宛のラブレターが見つかった。交流キャンプで俺のことが好きになったと言う他校の女の子からだった。人の顔なんてそう簡単に覚えられないし、誰だか全然覚えてないし、もう半年もたってるし... どうしようかしばらく悩んだが、結局返事のひとつも返せなかった。本当にごめん。非モテの俺にとって、人生の大切なフラグを折ってしまった瞬間の一つである。

障害者と健常者の違いなんて、そうはないんじゃないだろうか?   ・・・いや、俺も障害者か・・

韓国が国策で反日するのをやめない限り韓国人は敵として認識される

 子供のクラスに台湾人のA子がいたとしよう。A子もA子の親とも全く知らない。そんな時にどんなイメージ(先入観)を抱くだろうか? その対象(A子、A子親)自体は知らないので、上位概念である台湾人、台湾国についてのイメージが想起されるだろう。台湾は親日国家で、台湾人は哈日族ともいわれるような日本大好きっこがいる。となると、少なくとも悪いイメージは抱かないはずだ。友達になれるかも? 話しかけるのに何の抵抗もないはずだ。

 一方で、同じように子供のクラスに韓国人のB子がいて、同様にB子もB親のことも全く知らない状態で、どんなイメージを抱くだろうか? 同じように上位概念である韓国人、韓国のイメージが想起される。ニュースで売春婦像(Korean prostitute statue)をウィーン条約に違反する大使館前に設置。韓国は何の手も打たない。そんなのが流れてくる。そういえば、朴槿恵は世界中を回って日本の悪口外交を展開していたっけ。地震の時には日本人死ねとか、サッカーの試合の時には日本人を猿扱いするパフォーマンスをした奇誠庸を正当化するために旭日旗を悪者にし始めたとか、どんどんネガティブなイメージがわいてくる。そもそも、韓国が国策として反日プロパガンダを行っているため、今の韓国人には骨の髄から反日が根付いていて、日本人には何をしてもいい、殺そうが泥棒しようが構わない、という状況である。いくら韓国政府が日本のマスコミにお金を流して韓国上げの報道をさせようが、韓国人、韓国、という上位概念がネガティブであることは変わらない。いくら金をかけようが、日本に常に敵対する態度を見せる韓国を好きになるなんて、あるわけないのである。1度ぐらいはうまくいったかもしれないが、いくらなんでももうだまされる馬鹿な日本人はいないのではないだろうか?

 そんなわけで、韓国が国策として反日政策をとる限り、韓国人・韓国という上位概念に対するネガティブイメージは消えないため、決して韓国人が好かれることはないのである。これが差別と呼ばれるのであれば、俺は喜んでレイシストと呼ばれよう。